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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)12070号 判決

本訴原告(反訴被告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

中村嘉男

本訴被告(反訴原告)

大器株式会社

右代表者共同代表取締役

西田準

右訴訟代理人弁護士

上田潤二郎

主文

一  本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(原訴原告)に対し、金八一万二六一二円及びこれに対する平成一〇年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  本訴原告(反訴被告)は、本訴被告(反訴原告)に対し、金一四七万六〇一二円を支払え。

三  本訴原告(反訴被告)の請求を棄却する。

四  本訴被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを本訴原告(反訴被告)の負担とする。

六  この判決は、第一項及び第二項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴

本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)に対し、金七二九万九〇二二円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成九年一二月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴

1  原告は、被告に対し、金八一万四四六一円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成一〇年二月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告は、被告に対し、金一四七万六〇一二円及びこれに対する平成九年七月二六日から支払済みまで年三分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件本訴は、被告を退職した原告が、被告に対し退職金を請求した事案であり、本件反訴は、被告が、原告の被告在職中の背任行為により損害を被ったとして、被(ママ)告に対し、その賠償を求めるとともに、併せて、貸金等の支払を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  被告は、家具や室内装飾品等の製造、加工、修理、輸入、販売等を業とする会社である。

原告は、昭和四八年三月被告に雇用され、主として営業を担当してきており、平成五年六月からは営業課長(平成八年当時は物資三課の課長職)の地位にあった。

被告は平成九年四月頃、原告に対し、輸入等の営業部門から倉庫管理部門への配置転換を命じた。

原告は、平成九年五月末日頃、被告に対し、同月末日をもって退職する旨の退職届をした。これに対し、被告は、原告に対し、平成九年九月一三日到達の内容証明郵便で、原告を同年六月三〇日付で遡って懲戒解雇する旨の通知をした。

2  原告は、被告在職中、被告から住宅貸付を受けていたが、その残額は一四七万六一〇(ママ)二円である。

なお、貸金債権については、原告は、本訴において、当初、被告の貸付金規定一五条「貸付を受けた者が、退職又は死亡した場合は、会社は退職金のある者については、退職金をもって返済し、ない場合は保証人等から返済を一時に受ける者(ママ)とする。」との規定があることから、右貸金残額を相殺されることこと(ママ)に異議はないとして、これを控除した金額をもって退職金の請求をしていたが、被告が、別途、右貸金返還請求の反訴を提起するに至ったことから、本訴請求額を本来の退職金額全額に拡張したとの経過がある。

二  争点

1  本訴

(一) 原告には、被告が退職金不支給事由として主張する背任行為(被告主張の後記懲戒解雇事由その一及びその二)が存するか否か。

(二) 右事由が退職金不支給事由となるか否か。

2  反訴

(一) 原告が、別紙一覧表B〈略〉記載の商品について、被告に同表指示価格欄記載の価額で仕入れさせたことが、被告に対する不法行為となるか否か。

(二) 原告には、貸金及び約定利息の支払義務があるか。

三  当事者の主張

1  本訴

(一) 被告

被告は、以下の理由により平成九年六月三〇日付で原告を懲戒解雇した。

被告の退職金規程三条一項は「背信行為など就業規則に反し懲戒処分により解雇する場合は退職金を支給しない」と規定しており、原告には退職金請求権は生じない。

(1) 懲戒解雇事由その一

原告は、平成八年頃、被告の物資三課の課長として、仕入業務の責任者として価格交渉の権限を有していたところ、被告が約一五年前から継続して取引をしている中華民国の台北市に所在する尚時股有限公司(以下「尚時」という。)(ママ)対し、同年一二月初旬頃、別紙一覧表(A)〈略〉の商品名欄記載の商品の価格の見積を依頼し、同社はその頃右各商品一個当たりの単価について同表見積価格欄記載の見積価格を回答した。

しかるに、原告は、尚時に対し、右見積価格に一割相当額を上乗した金額(同表指示価格欄記載の価額)をもって今後の同社との取引価格とすることを指示し、右指示価格に基づき、被告をして、一覧表(B)取引日欄記載の日時に、同表商品名欄記載の商品について、同表数量欄記載の数量を同表売買代金欄記載の価額で買い入れさせて、同金額を尚時に支払わせ、もって、被告に対し、同表原告取得金欄記載の合計七〇三七・六米ドルの損害を与えた。

その後、原告は、尚時に対し、右一覧表(B)原告取得金欄記載の金額をかねてから親交関係のあった廣州大建木業綜合有限公司(以下「廣州大建」という)の代表者尤漢卿がキンチェングバンキングコーポレーション香港支店に有する個人名義の銀行口座に振込送金することを指示し、尚時をして右金員を送金させた。

原告の右の行為は就業規則の以下の各規程(ママ)に違反する。

ア (懲戒解雇)六八条 社員が次の一に該当するする(ママ)ときは懲戒解雇に処する。

一号 第一九条の規定に違反したとき。

六号 業務上の怠慢または監督不行届きによって災害損害、その他事故を発生させたとき。

七号 故意または重大な過失により会社に損害を与えたとき。

イ (禁止事項)一九条 社員は次の各号の一に該当する行為をしてはならない。

二号 会社の名誉・信用を傷つけるような行為をすること。

五号 職務上の権限を越え、またはこれを乱用して専断的な行為をすること。

ウ (服務規則)一八条 社員は服務に当たって次の事項を守らなければならない。

一号 上長の指示をよく守り同僚相敬愛し互いに協力すること。上長は部下の人格を尊重し、親切に指導監督するとともに、その手本となるよう心がけて職務を果たさなければならない。

二号 規律を重んじ秩序を保つこと。

(2) 懲戒解雇事由その二

原告は、販売業務の責任者として、カタログ販売業者との取引業務等も担当していた。

被告は、かねて取引関係にあった日本直販グループの株式会社総通(カタログ販売業者。以下「総通」という。)との間で、平成七年一二月頃、被告が企画し、「収納創具」の名称で商標登録しているスチール製組立家具を総通が発行する商品カタログに掲載させて継続的に販売する契約を締結することになった。

しかるに、原告は、被告が作成し所有する右商品の写真ポジを、大建株式会社(以下「大建」という。)が販売する商品として総通に提供し、同社が平成九年五月二〇日頃発行した商品カタログに掲載させ、他方右商品の製造下請業者や輸入業者をして大建が販売する商品として製造、輸入させるなどし、大建をして販売させた。

原告の右行為もまた、前記就業規則の各規程(ママ)に違反する。

(二) 原告

原告は、平成九年六月三〇日、被告を任意退職した。

被告の退職金規程一一条によれば、原告の退職金は、右退職時の本給二五万四一〇〇円に原告の勤続年数に応じた係数二八・七三を乗じた七三〇万〇二九三円であり、原告の請求はその一部である。

原告には、以下のとおり、被告が主張する懲戒解雇事由はなく、被告が原告にした懲戒解雇の意思表示は、解雇権の濫用であって無効である。

(1) 懲戒解雇事由その一について

原告は、海外からの仕入業務の実務担当者ではあったが、責任者ではなく価格決定の権限は有していなかった。

被告と尚時との取引は、取引数量の多い大口(一回の発注量が一〇〇〇個を超える場合)の安定した商品については両者が直接に契約するが、小口(一回の発注量が一〇〇〇個以下)の商品取引については、品質や納期が不安定で種類も多いためトラブルを生じやすく、被告会社としては品質不良による返品等が生じた場合のリスク(尚時への返送費用等)を転嫁できるという利点があって、尚時との間に株式会社ビーファイブ(以下「ビーファイブ」という。)を介在させ、ビーファイブが尚時から仕入れ、被告に転売するというシステムを取ってきた。

しかるに、平成八年一二月初旬頃、ビーファイブの代表取締役鮫島真人は、同社の実質上のオーナーである尤漢卿とともに被告を訪れ、同社の業務を同年末日をもって新たに設立する大建に引き継がせたいと申入れ、被告代表者もこれを承認した。

原告は、別紙一覧表Aの商品を被告が仕入れる場合の見積価額を出すに当たって、このような中間に介在する業者の利益を見込んで一割高の価額を算出したのであり、これに基づき、被告の輸入会議の承認を得たうえで、別紙一覧表Bの取引が行われたのであって、従前からの被告の取引慣行に従ったに過ぎない。

もともと、尚時と大建との間には、平成八年一二月一七日頃交わされた契約書によって、別紙一覧表A記載の商品取引について、尚時が大建に代金の一割相当額をコミッション料として支払うこととされていた。もっとも、この当時は大建は未だ設立前で銀行口座がなかったことから、同社代表取締役に就任することが予定されていた山本敬三が、尤漢卿の銀行口座を借用することな(ママ)り、原告は山本敬三の指示を受けて、尚時に対し、右コミッション料である別紙一覧表Bの代金一割相当額を尤漢卿の銀行口座に振込送金するよう取次連絡したもので、原告自身が収受したものではない。

(2) 懲戒解雇事由その二について

原告は、被告が企画販売しようとしていた収納家具の写真ポジを総通に提供したが、同社がその写真を大建の販売に利用していることに関しては全く関与していない。

2  反訴

(一) 被告

(1) 不法行為

被告が、前記懲戒解雇事由その一として主張する原告の行為は、被告に対する背任行為であり、不法行為に該当する。

これによって、被告は別紙一覧表B記載の商品を尚時が提示する見積価格より一割高に仕入れさせられ、その結果、前記七〇三七・六米ドルの損害を被った。

平成一〇年一二月二四日正午の東京における為替相場の終値は一ドル一一五円七三銭であるから、これを円に換算すると八一万四四六一円となる。

よって、被告は損害賠償として右八一万四四六一円の支払いを求める。

(2) 貸金

被告は、原告に対し、昭和六一年三月一八日、住宅購入資金として四〇〇万円を、返済期限一五年、利息年三パーセントの約定で貸し付けた。

その後、原被告は、平成八年四月八日、残元本一〇五万円に未払利息八八万六四〇〇円を加えた一九三万六四〇〇円を元本として、これに対する利息を年三パーセントとし、被(ママ)告が、別紙ローン返済表〈略〉記載のとおり、同年四月から完済まで毎月二五日限り三万五〇〇〇円ずつ、返済することを合意した。

しかるに、原告は平成九年六月分まで支払ったが、その後の残金一四七万六〇一二円を支払わない。

よって、被告は右貸金残金一四七万円(ママ)六〇一二円及びこれに対する平成九年七月二六日から支払済みまでの年三パーセントの約定利息の支払を求める。

(二) 原告

(1) 不法行為について

原告の行為は、前記のとおり、何ら違法性はなく、不法行為となるものではないし、被告に損害を与えたものでもない。

(2) 貸金

未払の貸金残額が一四七万六〇一二円であることは認める。

第三争点に対する判断

(本訴)

一  懲戒解雇事由の存否

1 証拠(〈証拠・人証略〉)によれば以下の事実が認められ、これを左右するに足る証拠はない。

(一) 被告会社の従前取引

被告は約一五年前頃から、中華民国で製造された家具等を貿易会社である尚時を通じて輸入するという取引をするようになった。

その後、被告は、中国で製造する商品を輸入するため廣州大建とも取引を行うようになった。

ビーファイブは、鮫島が代表取締役となり、尤漢卿の知人から資金提供を受けるなどして平成四年に設立した貿易業等を目的とする会社である。

被告は、尤漢卿の紹介(被告に対しては、ビーファイブの実質上のオーナーは尤であると説明されていた。)で、ビーファイブとも取引を行うようになった。

被告、尚時及びビーファイブの取引関係は、ビーファイブが企画した商品については、同社が尚時から輸入してこれを被告に転売するが、それ以外の商品については尚時から被告が直接輸入するという振り分けがなされており、尚時が輸入元である商品について品質不良等より返品の必要が生じた場合に、被告がビーファイブを介在させて仕入れた商品については同社に返品処理をするが、被告及び尚時間の直接取引については、返品処理等の目的でビーファイブが介在し、仲介手数料を取るということはなかった。

被告では、輸入品の選択や方針等を被告会社幹部で組織する輸入会議で決定し、仕入価格は、最終的には営業本部の承認を得ることとされていたが、実務上は数量や価格の交渉権限を与えられた課長クラスに委ねられていた。原告は、被告の物資第三課の課長として、輸入家具等について尚時やビーファイブからの仕入業務を担当し、価格交渉等を行っていたが、原告の交渉結果は、ほぼそのまま営業本部で承認されていた。

(二) 懲戒解雇該当事由その一について

鮫島は、平成八年末頃、被告との取引を辞めて、ビーファイブの営業を休業することを申し出た。このため、同年一二月六日被告代表取締役西田準、尤漢卿及び鮫島で面談した結果、ビーファイブの営業は、同社常務取締役であった山本敬三(もともと、同人の妻が、ビーファイブ設立当初から、名目上の取締役として登記されていたが、山本敬三は同年三月頃から常務取締役の肩書きで同社の営業に実質的に関与するようになっていた。)を代表取締役として新たに大建を設立し、これに承継させることとされた。

原告は、同年一二月上旬頃、尚時に、ビーファイブの営業を大建が引き継ぐことになったこと、契約条件は従前同様とすることなどを連絡したが、尚時は、かねてから契約条件のよい被告との直接取引を希望していた(被告との取引はLC取引であり、商品の船積によって決済がなされるというものであったが、ビーファイブとの取引はTT取引であって、決済は荷送後数箇月を要するというものであった。)ため、大建を介在させることを拒否して、被告との直接取引を申し出た。このような申出に対し、原告は、営業本部に図るなどの措置を講じることなく、大建を介在させないのであれば従前ビーファイブが取扱っていた商品については、尚時の見積額に一割上乗せした額をもって、被告の仕入価格とするとしてその旨尚時に通告し、上乗せした一割相当額は、大建に支払うよう指示した。そして、原告は、その頃、ビーファイブ宛て及び被告宛てに送信されてきていた尚時の見積書の価額に、被告の仕入価格とする趣旨で一割増の金額を書き加え、これを尚時に返送したりした(〈証拠略〉。これらの商品、尚時の見積価額、原告の指示した価格は別紙一覧表A記載のとおりである)。

その後、別紙一覧表B記載のとおり、同表記載の前後合計三取引日において、同表記載の商品、単価、数量、売買代金のとおりの条件で、尚時から被告が直接仕入れる取引がなされた(以下「本件取引」という)。

この間、平成八年一二月二七日、原告は、上乗額を尤漢卿の銀行個人口座に送金するよう指示した文書(〈証拠略〉)をファックスで尚時に送信した。

また、翌二八日、右各見積書に掲載された商品について、尚時が大建に右見積額の一割相当額をコミッション料として支払うものとする旨記載し、大建の記名及び社印が押された「契約書」(〈証拠略〉)が、尚時宛てにファックスで送信された(右契約書が山本敬三の直筆によって作成され、ビーファイブから発信されていることからして、発信者は山本敬三と認められる)。

尚時は、これらの指示に基づき、別紙一覧表B原告取得金欄記載の金員を指定された尤漢卿の口座に振り込み送金した。

(三) 懲戒事由その二について

被告は、仕入商品の販売方法の一つとして、従前から総通と提携し、同社によるカタログ販売を利用してきていた。これは、被告が供給する商品を総通が発行する商品カタログに掲載し、通信販売の方法で販売するというものである。

被告は、被告が平成七年末頃企画し、その後「収納創具」の名称で商標登録したスチールラック製組立家具を、総通に対し、商品カタログに掲載するよう要請していた。同商品は、中華民国の彰億金属工業股有限公司(以下「彰億」という。)が下請制作し、被告が尚時から輸入していたもので、その販売担当は原告であった。

原告は、平成八年一二月頃、総通からカタログ掲載用に右商品の写真ポジを提出するよう要請があったとして、被告の物資三課から写真ポジを借り出し、総通に貸与した。そして平成九年五月頃発行された同社の商品カタログには右商品写真が掲載された。

しかるに、その後、被告には右商品についての注文がなく、被告で調査したところ、右商品と同様の商品が、彰億で作成され、被告とも取引関係のある中華民国の貿易会社良啓を通じて大建に輸出され、同社が「収納物語」の名称で総通発行のカタログ掲載商品として販売していることが判明した。右両商品の使用説明書も、その記載内容は、商品名や販売者の表示等以外ほぼ同じであった。

(四) 右懲戒解雇事由発覚前後の事情

原告は、山本敬三とは、同人がビーファイブの常務取締役になる以前からの知り合いであった。

被告では、返品商品等を大阪府八尾市の八登倉庫株式会社の倉庫(以下「八登倉庫」という。)に保管させていたが、原告は、山本敬三に指示して、平成八年九月下旬頃から六、七回にかけ、右返品商品等を搬出処分させた。

被告代表取締役西田は、同年一二月末頃、鮫島から右搬出処分や尚時からの仕入価額の上乗せ等の情報を得て、原告に不審を抱き、尚時代表者と面談して事情を聴取するなどした上、平成九年二月初旬頃、原告を詰問したが、原告は、これらへの関与を否定し、八登倉庫からの搬出処分については、山本敬三に確認するなどと応答した。

西田は、部下に命じて更に調査を続けるとともに、原告と山本敬三には問題があるとして、大建からの輸入商品の仕入を停止させた。

他方、原告は、同年三月頃から尚時との取引を辞め、同社が取り扱っていた商品を良啓を通じて輸入するなどするようになった。

また、この間、同年四月八日、大建から被告に対し、八登倉庫から搬出した商品を五三万余円で処分し、経費を控除するなどしたとして、三四万余円が振込送金されてきた。

西田は、同年五月一日、調査結果に基づいて再度、原告を問いつめたが、原告は関与を否定し、尤漢卿への送金指示をも否定した。

西田が、同月九日、原告に倉庫管理部門への配置転換を命じたところ、同人は同月末頃退職届を提出して、同年六月三〇日、被告を退社した。

原告は、その後、廣州大建の貿易業務に関係する仕事をしているが、一時期大建の所在地、電話番号、ファックス番号を自己の連絡先等として記載した名刺を使用していた。

2 以上認定事実によって判断する。

(一) 懲戒解雇事由その一について

(1) 前記認定事実によれば、原告は、尚時が出した見積価額で別紙一覧表B記載の商品の仕入が可能であったにも拘わらず、敢えて、その一割高の価額で被告に仕入れさせており、この行為は明らかに、被告の利益に反する背任行為というべきである。

しかも、原告が従前ビーファイブが扱っていた別紙一覧表A記載の商品全てについて尚時の見積価額の一割高の仕入価額で継続して被告に仕入れさせようとしていたことも明らかであって、原告の右背任行為が発覚することなく経過したとすると、被告の被る損害はさらに増大したものと認められ、まことに悪質で重大な非違行為というほかない。

(2) これに対し、原告は、まず、仕入価格の決定権は自らになかったと主張するが、前記認定のとおり、仕入価格の決定は、制度上最終的には営業本部の承認を要したとしても、実務上は、原告に価格交渉が任され、原告の交渉結果が否定されることはなかったのであり、尚時やビーファイブとの通常の取引に関する限りは事実上仕入価格の決定は原告に委ねられていたものと考えられるし、仮にそうでないとしても、価格決定の方法等について従前と異なる取扱をするというのであれば、その旨説明して決裁を仰ぐなどの措置が当然に要請されるというべきであるが、原告がそのような措置をとった形跡はなく、被告の原告に対する信頼を悪用したものというべきであり、価格決定権限がなかったことを理由に原告の責任を否定することはできない。

(3) また、原告は、被告と尚時やビーファイブとの取引は不良品の返品処理等の利便から取り扱い数量一〇〇〇個を基準に振り分けており、本件取引のような小口取引には、ビーファイブまたはその業務を引き継いだ大建の利益を見込んだ仕入原価を算出する必要があったと主張し、原告の陳述書(〈証拠略〉)には、右主張に沿う記載があるほか、(人証略)も取引の振り分け基準については右と同旨の供述をしており、さらに原告は本人尋問で本件取引は大建を介在させた小口取引であったとも述べている。

しかし、第一に、本件取引に尚時やビーファイブとの取引につき原告が主張するような振り分けがなされていたことを認めるに足る証拠はない(〈人証略〉及び尚時代表者である〈人証略〉ともに、そのような振り分けを否定する証言をしているほか、西田の陳述書(〈証拠略〉)にもこれと同旨の記載があり、これらの証拠に照らし、右原告の陳述書の記載や〈人証略〉の右供述は信用できない)し、本件取引が、被告と尚時間の直接取引であったことは、証拠上(〈証拠・人証略〉)明らかであって、これに反する原告の右供述は信用できない。

第二に、ビーファイブの営業が大建に承継されたとはいえ、尚時は被告との直接取引を望み、原告もこれを承認して、現に本件取引は被告と尚時との間で直接なされたのであるし、他方、従前から、被告と尚時との直接取引の場合にビーファイブが尚時または被告から返品処理料等を取得することはなかったのであるから、原告が直接取引を承認しながら大建の利益を見込んだ仕入原価を算出する必要はない。

この点に関して、(人証略)は、別紙一覧表Aに記載された商品は、ビーファイブが従前取り扱っていた商品であり、これを尚時が被告に直接輸出することとなったため、同社が大建に一割のコミッション料を支払うようになったと供述しており、前記「契約書」には同旨の記載があり、原告もその本人尋問では、尚時に対し一割増の仕入価格を指示する前に山本敬三から右契約書を見せられたと述べるが、仮に、尚時と大建との間にそのような取決めがなされていたとしても、原告自身はそのような具体的な契約の存在を前提にして仕入価格を一割増額させたとは主張してこなかったし(同人の前記陳述書にもそのような記載はない)、右契約書には、その文面上尚時がこれを承諾する旨の記載もなく、その体裁は契約書というよりは大建からの申入書というべきもので、しかもこれが尚時にファックス送信されたのは、平成八年一二月二八日であるが、本件取引は既にそれ以前から始まっているのであるから、原告が右契約の存在を知って、これを理由に一割増の仕入価格を算定したとは考えられず、原告の右供述は到底信用できない。

むしろ、(人証略)が、原告から上乗せした一割相当額を大建に支払うよう指示され、やむなくこれに応じたと証言(同人作成の陳述書(〈証拠略〉)にも同旨の記載がある。)していることや、尚時としては大建にコミッション料を支払わなければならない理由はなく、尚時と大建との間でその点をめぐる交渉がなされた形跡はないにもかかわらず、右契約書が一方的に送信されてきていること、増額した一割相当分の送金先の指示は原告が平成八年一二月二七日にファックスで送信していること(原告はその本人尋問において、未だ大建にファックスの器械がなく、山本敬三に依頼されて送信したにすぎないと弁解するが、前記認定のとおり、山本敬三は同月二八日右契約書を自らファックス送信することができたのであって、原告がファックス送信した理由として述べるところは信用できない)、送金先も尤漢卿の個人口座とされていること(一時的な便宜からであれば、山本敬三の個人口座でも足りる)、その他後述の原告と山本敬三や尤漢卿らとの関わりなどを総合すると、原告の関与が軽微なものであったとは到底考えられず、尚時が大建との取り引きを拒否してきたことから、これを奇貨として自らの利を図り、あるいは親交関係にある山本敬三らの利を図るとの目的のもとに、仕入価格の決定を担当しているという被告内での地位を利用して、尚時にコミッション料名目の支払を約束させたものと推認され、原告自ら積極的かつ主体的に本件の背任行為を推進したことは明らかである。

(二) 懲戒解雇事由その二について

前記認定事実のとおり、総通に写真ポジを渡したのは原告自身であるが、結局その写真ポジは、大建が供給する商品の写真として利用されたこと、製品内容もほぼ同様であり、製作の下請は被告商品を製作していたのと同様彰億であり、さらに輸入会社は、原告が平成九年三月頃から尚時に代わる輸入先として取引交渉するようになった良啓であること、原告は、山本敬三とはかねてからの知り合いであったが、同人がビーファイブに勤務するようになってから、同人に八登倉庫からの返品商品の搬出処分を指示するなどの不審な行動をとるようになった(原告は、その本人尋問で、被告の承諾のもとに不良品の産業廃棄物を処分したに過ぎないと述べ、同人の前記陳述書にも同旨の記載があるが、これらは到底信用できない。)ほか、前記のとおり、尚時との取引に関しては、原告の明らかな背任行為と認められるところ、山本敬三もこれに関与していること、原告は被告退社後、尤漢卿の事業に関係する仕事をするようになっているが、その間、大建の所在地や電話、ファックスを自己の連絡先として利用していたことなどが認められるところであり、これらの事実を総合すると、被告の企画商品である家具のカタログ掲載用写真ポジを、大建が販売する家具として総通の商品カタログに掲載させ、他方、良啓等に働きかけて被告の企画商品と同様の商品を大建に製作輸入させたことに原告が関与していたことは明らかというべきであって、原告が山本敬三と共謀するなどして行ったものと推認できる。

原告のこの行為もまた、被告に対する重大な背任行為というべきである。

二  原告の背任行為が退職金不支給事由となるか

右のとおり、原告には、被告が懲戒解雇事由として主張する背任行為の存在が認められ、これらは、被告が懲戒解雇事由として主張する就業規則の前記各法条に該当すると考えられる。

本件では、被告は、退職金不支給の根拠として、被告の退職金規程三条一項が「背信行為など就業規則に反し懲戒処分により解雇する場合は退職金を支給しない」旨規定していることから、平成九年九月になって、原告を平成九年六月末日まで遡って懲戒解雇したと主張し、これに対し、被(ママ)告もまた、懲戒解雇事由の存在を争って懲戒解雇の無効を主張しているところである。

ところで、懲戒解雇は、懲戒権の行使であるとともに雇用関係終了事由であるが、原告が被告に対しかねて同日で退職する旨の意思を表明していたことは当事者間に争いがなく、被告もまた、同日をもって原告との雇用契約を終了させる意思であることは明らかであるから、原被告間の雇用関係は同日をもって終了したものというべきであり、その後に懲戒権を行使するということはあり得ない。

しかし、本来、懲戒解雇事由と退職金不支給事由とは別個であるから、被告の右退職金規程のように退職金不支給事由を懲戒解雇と関係させて規定している場合、その規定の趣旨は、現に従業員を懲戒解雇した場合のみならず、懲戒解雇の意思表示をする前に従業員からの解約告知等によって雇用契約関係が終了した場合でも、当該従業員に退職金不支給を相当とするような懲戒解雇事由が存した場合には退職金を支給しないものであると解することは十分に可能である。

このような観点から本件をみると、前記説示のとおり、原告の前記背任行為は、いずれも悪質かつ重大なものであって、被告に対する背信性の大きさからして、本来懲戒解雇に相当するのみならず、これを理由に退職金不支給とすることも不当ではないと考えられる。

よって、原告の本訴は理由がない。

(反訴)

一  不法行為について

被告が、原告の懲戒解雇事由その一として主張する事実については、前記のとおり、これを認めることができ、原告の行為は被告に対する不法行為に該当すると解され、その結果、被告は本件取引にかかる商品を尚時の提示した見積価額より一割高で仕入れさせられたことになり、合計七〇三七・六米ドルの損害を被ったものと認められる。

本件取引が、被告と尚時との直接取引によって行われていること、直接取引の場合はLC取引で行われ、船積によって代金決済がなされていたことからすると、別紙一覧表B記載の取引日には代金決済がなされまたはなされ得る状態になったものと認められ、そうすると、被告の損害を円で算定するに当たっては、右取引日の為替相場で換算すべきところ、平成八年一二月二四日の為替相場は一米ドル一一四円三二銭であり、同年一二月三〇日(同年最後の為替取引日であり、平成九年初の取引日は同年一月六日である。)のそれは一一五円九六銭であり、平成九年一月九日のそれは一一六円三二銭である(これらは公知の事実である)から、平成八年一二月二四日の取引にかかる損害額は二七万〇三二一円、平成九年一月三日のそれは四一万〇〇三五円、同月九日のそれは一三万二二五六円となり、以上合計八一万二六一二円が被告の損害額となる。

よって、被告の損害賠償請求は右八一万二六一二円とこれに対する遅延損害金を求める限度で理由があるが、その余は理由がない。

二  貸金について

原告が、被告に対し、貸金債務を負担しており、その残元本額が一四七万六〇一二円であることは当事者間に争いはなく、弁論の全趣旨(原告自身、被告の貸付金規定一五条によって、右貸金債務が退職金債権と相殺処理されることを承認していた。)からして、右貸金債務については、分割弁済の約定にかかわらず、原告の退職によって弁済期が到来したこともまた当事者間には争いないものと認められる。

そうすると、被告が本件貸金の返還を求める請求については理由がある。

これに対し、被告は右貸金元本に対する弁済期経過後の平成九年七月二六日から完済までの年三パーセントの約定利息の支払いをも求めているが、右期間に利息が発生する余地はないから、右約定利息の支払いを求める請求は主張自体失当であって、理由がない。

(裁判官 松尾嘉倫)

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